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札幌高等裁判所函館支部 昭和27年(う)109号 判決

控訴人 被告人 西野彌末吉

弁護人 橋本清次郎

検察官 後藤範之関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴趣意は末尾添付の各控訴趣意書と題する被告人並に弁護人橋本清次郎作成の各書面記載の通りである。

右各控訴趣意を通じてこれを要約すると、第一に「原判決は、被告人は稲船正之助、菊地蔵之助両巡査から挙動不審のため職務質問を受けながら応答しようとしなかつたので、附近の街燈の下まで任意同行を求められたところ、これを拒否し逃走しようとして稲船巡査の顔面を手拳をもつて数回殴り付け以て同巡査の職務の執行を妨害した事実を認定したが、その引用した原審証人菊地蔵之助。同稲船正之助の各供述は矛盾しこれとその引用した被告人の供述とを綜合するも到底被告人が意識的に稲船巡査を殴打して暴行を加えた事実は認められない。むしろこれらの証拠によるも、被告人が稲船巡査に逆手をとられて恐ろしさの余り力一ぱい振り切り正面でもみ合つたものに外ならないから、これを暴行と認定した原判決に事実誤認の違法がある」という。

しかし原判決の挙示した右証人菊地蔵之助、同稲船正之助の供述によると。被告人は外一名の者と共に原判示の日の夜十一時過頃、函館市万代町二百九十九番地附近の道路上を通行する挙動が不審のかどで、警邏中の稲船正之助、菊地蔵之助の両巡査に職務質問のため呼びかけられて三回目に漸く停止したが同巡査等の質問に対して「梁川町へ行く」と答えたのみで。その外は答えようともしないので、なお事情をきき質すために薄暗かつたその場所から近くの明るい路上街燈の下まで来てくれというたところ、被告人は逃げようとする気配を示したので稲船巡査は左手を被告人の右肩にかけると、被告人ははげしく抵抗し、手を振り廻して稲船巡査の顔に打ち当て、逃げ出した事実が現われており、よつて原判決がその挙示の証拠によつて認定した原判示暴行の事実は優に認められるから、この点に関して原判決に所論のような違法はない。

次に所論は、「原判決は、被告人及び弁護人の主張に対する判断の説示において、稲船巡査が被告人の肩に手をがけて同行を求めた行為を、警察官職務執行の正当な範囲を越えた違法のものと認めながら、この違法な行為を排除する為めに被告人のとつた自力救済の行為を被告人の暴行と認めたうえ、これに対し暴行による公務執行妨害の法条を適用したのは、警察官等職務執行法第一条第二条の趣旨に悖り、不当に法令を適用した違法がある」というけれども、警察官の不審者に対する職務質問は或は犯罪の予防及び制止の処置を講ずる前提として、或は犯罪捜査の前提として不審者を停止させて事情をきき質すことであつて、これがために必要な限度を越えて勾引に類する強制力を以てする同行をしたり身柄を抑留したり、答弁を強要したり、暴行に及んだりすることの許されないことは警察官等職務執行法第二条、第一条の規定の趣旨から明かなところである。しかしながら、警察官が異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して不審者と認めた者に対し職務質問のため停止を要求してもその者がこれに応じなかつた場合これを停止させるに妥当な方法によつて、その者の行動を停止させることは、警察官がその職権職務を忠実に遂行するために必要なことで、具体的に妥当な方法と判断される限り暴行に亘らぬ実力を加えることも正当性ある職務執行上の方法と謂わなければならない。本件において原判決の引用した証拠に現われている被告人の稲船巡査から職務質問を受けた現場の状態は、時刻は判示の日の夜十一時過ぎであつて、現場附近にはほかに通行人なく、当夜は雨降りであつたが小降りながらもまだやんでいない中を、よい風態でもない被告人等は雨具も持たず風呂敷包を小脇にして急ぎ足で通りかかり、それに稲船巡査等は当夜警邏に先だち函館市内に窃盗事件が発生して本署から非常警邏の指示を受けて居た際であつたから。稲船巡査等が被告人等の挙動に対し或は何らかの犯罪を犯し若しくは犯そうとしているのではないかと疑うに足りる相当な理由があつたものと謂わなければならないしそれを質問しようと呼びとめても被告人等は一回目は振り向きもしない、二回目には一寸振り向いただけで歩行を続け、三回目に停つたが、同巡査等の質問に対して梁川町へ行くと言うただけであとは答えようともしない、小脇にかかえた風呂敷布包については、お前なんかに見せる必要はないと突ぱね、疑を深めた同巡査らがなお質問しようとして薄暗いその場から近くの街燈の下まで来てくれというと、被告人は逃げようとする気配が現われたので、稲船巡査が被告人の右肩に左手をかけたところが、被告人は闘争的な態度で手を振り廻して稲船巡査の顔面にうち当てそこから逃走したが格闘の上で捉まつたという次第であるから、稲船巡査が被告人の肩に手をかけた行為は同巡査の職務質問に反抗的で、且つ逃げようとする被告人を停止させて質問しようとする職務遂行上の妥当な方法として用いられたもので、その場においての職務執行上の正当な方法であつて、これによつて同巡査の被告人を停止させて質問した職務の執行を違法とならしめるものではない。従つてこれに暴行を加えその執行を妨害した前叙被告人の行為は公務執行妨害罪を構成することは勿論であつて原判決には所論のような違法はない。原判決は被告人及び弁護人の主張に対する判断の説示において、稲船巡査が被告人の肩に手をかけた行為は警察官等職務執行法第二条の規定の趣旨から言うて職務執行の範囲を越えた違法のものと言い得ようとの言句をはさみその判断の経路を説明しているけれども、結局その挙示の証拠によつて稲船巡査の本件職務執行の適法性を認め、判示被告人の暴行が同巡査の職務の執行を妨害した事実を認定し。これに刑法第九十五条を適用しているから不法に法令を適用したものということはできない。

以上の次第で本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三百九十六条によつてこれを棄却し、訴訟費用につき同法第百八十一条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 原和雄 判事 小坂長四郎 判事 東徹)

弁護人橋本清次郎の控訴趣意

第一点原審判決は本件事実に付重大なる誤認を為し、その誤認は判決に重大なる影響を及ぼす事明であるから直ちに破棄せらるべきである。

一、原審判決は判決理由中「被告人は稲船正之助。菊地蔵之助両巡査から挙動不審の為職務質問を受け乍ら応答しようともしなかつたので……任意同行を求められたところ之を拒否し逃走しようとし同巡査の顔面を手拳を以て数回殴り付け以て同巡査の職務の執行を妨害し……云々」と事実の認定をし右認定の証拠として証人菊地蔵之助、稲船正之助の各証言を引用して居るが数回殴打せる事実は右引用の各証拠に依つても何ら之を認定する資料はない。然も右巡査の証言は孰れも矛盾撞着し事実を認定するに困難である。之を例せば被告人逃走の距離の自測にしても七十米と三百米の差異があり、被告人逃走の際稲船証人のうつぞの威かく連呼の有無の差異並に稲船証人が左の手を被告人の右肩か被告人の腰かに付ても両証人の証言は孰れも喰違があつて到底両証言とも信憑するに価しないものである。むしろ稲船巡査の証言中「被告人は私の手を振切つて私に手向つて来ました」との供述の部分は最後の手向つて来たを除き大体被告人の公判廷に於ける供述「逆手を取られ恐ろしさの余り力いつぱい振り切り正面でもみ合い逃げた」の供述と綜合判断して解釈あるならば被告人は意識的に同巡査に暴行し数回殴打した点等は到底認定し得ない。此点に於て原審は重大なる事実誤認があり、判決に重大なる影響を及ぼすものである。

第二点原審判決は法令の適用を誤り其誤りは判決に影響を及ぼす事明であるから破棄せらるべきである。

即ち原審判示中「被告人等の主張に対する判断」に於て原審裁判所は「稲船巡査が被告人の肩に手をかけて同行を求めた事実」を警察官等職務執行法第二条の規定からして職務執行の正当範囲を超えた違法のものである事を認め乍ら之に対し被告人の挑発的態度を孰れの証拠を精査するも之を認定する資料無きにかかわらず之を認定し、此の違法な職務執行を排除する為にとられた被告人の自力解放行為をいきなり被告人の暴行行為と判示せる点は警察官等職務執行法第一条第二条の趣旨にもとり憲法の保証する基本的人権を無視せる不法な法令の適用であり、被告人の行為は正当な身体的自由を求める正当防衛行為である。

被告人の控訴趣意

第一審判決は、全く事実に基ずかない創作であり、不正のものである。なぜならば、一部は正しく、一部は正しくなく、一部はデツチ上げた検事側各証人の供述を証拠の標目とし乍ら、その供述をすら故意に無視し更に被告人の供述を歪曲し、その上尚足りず予め用意した結論に組合せるために判事自ら共謀し、デツチ上げを行つたものであるからである。稲船巡査ら警官の被告人らに加えた人権じうりんと傷害の暴行行為に対しては寸部もふれていない。これらはすべて事実が正確に見極めようとせず、正しい事実が明瞭に現われてもこれを抹殺し、終始一貫政治的弾圧的意図をもつてなした不正の判決である。従つてかかる判決が事実の前に全く堪え得るものでないことは明らかである。私はただ事実に基礎をもつ公正な裁判による判決を望むものである。

判決は、稲船巡査のとつた行為は、警察官等職務執行法第二条に違背することを認めた。これは結論だけが正しいが、行為の事実は正しくない。なぜなら、事実に反するは勿論、稲船、菊地両証人の供述をも無視しているからである。判決は「証人菊地蔵之助の当公廷における供述によると、稲船巡査が判示のように任意同行を求めた際これを促すため被告人の肩に手を掛けた事実が認められるから……」と述べている。菊地証人は「……明るい方を指して、あつちえ来てくれと言つた、背の低い男の肩に手をつけた、二、三歩ずつた、引つぱるのは悪いことです(自ら違法行為を認め)。……稲船巡査の左手が背の高い人の右肩をつかんでいた……手をかけたら、手を振りあげた、肩、眼、顔にさわつた……」と供述し、稲船証人は「ここ暗いから明るい方に行つてくれと言つた、腰の辺に手をつけた、……ポケットに手を入れた、抜いてくれと頼んだ、逃げようと思つて手を出して来た、逃げる体制とカンで解つた……逃げようと思つたから抑えた……」と供述した。事実は次の通りである。「……被告人の前に、稲船巡査、風呂敷を抱えた男(以下略してAとする)の前に菊地巡査が立塞がり、"、私は「こら、なんでー」と言つて力一杯ふりきつた。三、四回でやつとふり切つた。このとき下着の丸首シヤツ首から二寸、メリヤスシヤツ首から一寸裂け、ワイシヤツのボタンが上部から二ツ、上衣の金ボタン同三ツが飛んだ。背後で抑えつけていた稲船巡査と相対の位置になつた。同巡査は再び抑えつけようとして両手を挙げて飛びかかつて来た。私は掴まれまいとして二、三歩後ずさりして両手を振つて防ぎ払つた。又抑えられそうになつたので走つた。私は何回も"

判決は「被告人は……挙動不審のかどで職務質問を受けたが応答しようともしなかつたので……拒否し……」と述べている。これも前述の如くにつくられたものである。先づ稲船、菊地両巡査の職務執行に当つての態度と方法に大きい誤謬があつた事実である。同巡査は被告人らに対する停止の呼びかけを「オイコラツ、チヨツトチヨツト」と「オイコラ」式をもつて犯罪者扱いの態度をとつた。稲船証人は「当日手配あつた、けいら直前大きい盗難事件発生指令を受けた」と供述したが、よしんば、そのままこれを肯定しても、同巡査らは「人を見たら泥棒と思え」という先入観をもつてけいらに当つた。挙動不審について、稲船巡査は「深夜物を持つていた、雨降りに雨具なしに短靴をはいていた、周囲の点、地理的状況、警察官の"である。尋問に対し「言う必要はない」と答えるや理由と場所をも示さず只"

又判決は「被告人自身も自分が窃盗犯人の嫌疑を受けていることを推測していたのであるから進んで云々」と述べている。小野沢裁判長の「泥棒扱という感じを受けたら、その時違うと言えば良かつたのではないか、そうすれば事件は起らなかつた」という言草位警察官の立場に立ち公正を欠いたものはない。なぜならば、被告人が「そのように感じた」と供述した部分は本事件進行過程中に感覚した一部分であり、これを以て全体を律することは出来ない。判決は歪曲したものである。被告人の供述は同巡査らの「オイコラ」式の荒々しい態度と、Aの風呂敷包をつきさしたことがその感覚をかすかに持たせた。更にそれを深めたのは時間的に経過した万代交番でのことである。即ち同巡査に暴行を加えられ手錠をはめられて万代交番え連行された。交番え入つたら誰も居らず呼び起したらすぐに一人身体の大きい警官が起きて来て、すぐ奴鳴りつけ土間に押しつけ坐らせた。Aが四、五分して手錠をかけられ入つて来て同様にされた。瞬く間に警官が五、六人になつた。私が椅子に坐らせるよう要求して立上ると、その身体の大きい警官が"態度と方法に対しても冷静にし、挑発にのらぬよう充分注意していた。私は午後二時近くに"ものであるか。警官らの暴行行為をいんぺいし、被告人を暴行者に仕上げるためのデツチ上げであつたことは明白にされたところであつた。

判決は「任意同行を拒否し逃走しようとして同巡査の顔面を手拳を以て数回殴りつけ……」と述べている。これはデツチ上げの重要点である逃走を毫も意図しなかつたし、殴打もしない。先述の状態で稲船巡査が逆手をかけ乍らボー然としていたろうか。逆手を振りはなされると、体制を構え再び押えつけようとかかつて来た。同巡査は頑丈な体格である。被告人に易々と叩かれる訳はないし、又被告人自身そのように適性を失つていなかつたし、挑発にのるまいとして用心しており、殴つたり争つたりし結果がどうなるか位充分判断していた。私は、防ぎきれず後退りしたのが動機で走つた。その時ですら逃げることを考えなかつた。余りにやり方がひどいので「オーイ、オーイ」と数回大声で叫んで一般の救助を求めた。大声を出して走ることが速さを鈍らせる位誰も知つている。逃げようとする者が大声を出して叫ぶ馬鹿が何処にあるか。これに「射つぞ射つぞ」とピストルで脅迫し、恰も強盗犯人が声を立て救助を求める者を殺すぞと脅迫するのと同一である。菊地証人は「稲船巡査が射つぞ射つぞと言うのを二回聞えた、背の高いのが逃げながらオーイ、オーイと二回叫んだのを聞えた」と稲船証人は「射つぞ射つぞと叫ばない、背の高いのがオーイ、オーイと叫んだのを二回聞えた」と供述した。稲船巡査は何故に自己の脅迫した事実を否定しなければならなかつたのか。殴打の事実についても両供述は極めてあいまいである。菊地証人は「手をかけたら手をふりあげた、肩、眼、顔にさわつた……逃げようと思つて手をふり廻した、二、三回手をふりあげた、こぶしだつた両手をふり廻した……叩つた……」と供述し、ふりきつたときにさわつたのか、叩つたのかあいまいであつた。菊地巡査は、被告人らの左斜約一、五米前方におり電燈の光線で左半分は見えても右半分は見えなかつたと思う。従つて稲船巡査の左手が被告人のえり首をつかんでいるのが肩をつかんでいるのに見え、被告人が逆手等をふり切るため身体と手を左右にふつたのを逃げようとして両手をふつたと感覚したものと思われる。稲船巡査は「……逃げようと思つたから抑えた……右の手がさわつた振かえるときに手がさわつた」と供述し菊地証人の供述と稍々一致している。弁護人に「さわつたのか、殴つたのか」と問いつめられて「叩られた」と供述する仕末であつた。逆手で抑えつけられためをふり切つた時同巡査の身体の部分に手がふれることは可能のことであるが、なぐることは意識を持つてのことであつてその事実は全くない。同巡査は「本人に傷を見せた」と述べたが。その事実はない、只「堂々と来い」と奴なり散らしただけであり、血が出ている手の傷に薬をつけるように要求したのは被告人のことである。

被告人が、七、八〇米走り全く無抵抗でいるのに稲船巡査は泥靴で五、六回蹴りつけ。数回大手でなぐりつけた。誰も人が居ないと実に兇暴そのものであると身をもつて感じた。被告人提出の診断書の傷害を受けた。市警は近江部長が取調に当つてその傷はどうしたと言い乍ら医師の診断要求は拒否した。なぜであるか。万代交番の暴行等は正にテロ行為である。菊地証人は「背の低いのが交番で土間に坐らせられたのは見た」と供述した。検事は、殴るのが目的でなく捕えるためである。とこの暴行を主張した事実に照せば検事はかかる暴行者の援護人である。この暴行行為をいんぺいするためにデツチ上げを行つた。提出された現場図と稲船証人の「三度もみ合い、二回目烈しかつた、第二回目殴られた、二回目の位置は尋問のところから百米位であつた、一時抑えた、抵抗して又殴られた最後のとき一人で倒れた」とこれに合致させるための菊地証人の「尋問したところから交番迄三百米位である三百米位のところで二人は立つて格闘したのは見えた。二人はもみ合つたが区別つかぬ、見透しはきいた」供述であり、この位意識的デツチ上げはない。ここに本事件の性質がはつきりバクロされている。私はこれを聞いて唖然とした。菊地証人の「十字路の中心点でモシモシと二人で呼びかけたがふりむきもせず七、八〇米早足で歩いた……」と供述したが、若しこれが正しいとするならば交叉点+7.80m+300m=37.80mの位置で格闘し、それが見えたのであり、電車通りは遥か万代交番をも何百米も越した先で格闘があつたことになる。これは稲船証人の「ずつと曲つたところであるから尋問の位置からは二人の所は見える位置ではなかつたと思う」と供述したが、これによつても如何にデタラメも甚々しいか解る。稲船、菊地証人も検事に供述したことと、その現場図も全く狂つて了つて検事はそれに符合させようとしたがムダだつた。このデツチ上げは、実地検証を行うならば、いと簡単にバクロされるものである。両証人の供述と伊藤証人の家の位置が違つてくる。

判決は「雨が小降りになつたとは言え何も雨具を着用しないで足早に歩いていたため……」と述べている。まことにもつて創作の極致である。菊地証人は「モシモシと二人で交互に呼びかけたが振り向きもせず七、八十米早足で歩いた、それで二人はかけ足で行つて前に立塞つた、立どまらなかつた」と稲船証人は「最初呼びかけたときは十字路の中心点を歩いていた、最初振り返らぬ、第一回、第二回二人がチヨツトチヨツトと呼びかけた、第三回目最後に呼びかけた時立止つた、十字路の中心点より約十米のところであつた、電気あつた電燈の明るいところから十米であつた」と供述した。菊地証人によれば、呼びかけてから早足で歩き出し、稲船証人によれば、とぼとぼ歩いていたと。又菊地証人は呼びかけたが振向きもしないと、稲船証人は最初振返らぬ、最後に呼びかけた時立止まつたと。被告人らは、始めて呼びかけられる声を耳にしたから振返り警官であることを知つたから同巡査らの来る方を向いて来るのを待つていたのであつて、先述したように菊地証人の供述が正しいとするならば(一部分は正しいが)被告人らが七、八〇米も歩く間と実際が合致しないし、「歩いていたのは交叉点から三十米のところであつた」との供述ではますます合わなくなる。これにまして判決の苦しさが判つきり解る。

更に判決は「午後十一時三十分過…」と述べている。午後十一時頃である。菊地証人は三十分 四十分頃交叉点に来たと、伊藤証人は「十二時十分位前だつた、少し時計は進んでいた」と又菊地、稲船証人は市警に行つたのは午前一時頃だつたと供述した。万代交番では取調もせず精々二十分居た位である。市警え着いた時市警の時計は十二時十五分前だつた。万代交番を十一時近くに出て途中一回印をおすため立寄つて牛歩、漫歩でも交叉点迄三十分は絶対かからぬ。数分あれば十分だ。万代交番から市警迄一時間かかることも絶対ない。まして自動車だ。先述の如く市警溜に巡査四人おり、私は時計を見て十二時前なのでタバコを買つてくれと頼んだら、もう閉つたから駄目だろうと言つた。幾らなんでも午前一時にタバコを買つてくれと頼むのは馬鹿である。万代交番-交叉点-市警の所要時分は実測すればすぐバクロされる。時間に於てもこのように正当化するためゴマ化しているのである。

次に職務執行についてであるが、判決は、せつ盗容疑を深くしたと述べているが、万代交番え連行し、持物、身体を調べた結果せつ盗犯人でないことが判つきりしたに拘らず、何ら調べることもせず、市警から来た部長ら四、五人も居り乍ら直ちに市警え連行したが如きは、警察の方針が「何んでもひつ捕えろ、ひつ捕えたら何かある、あつたら何んでも良いから引つぱつて来い、すぐ本署え廻せ」というのであるか。事実はこの通りであつた。全くひどいことには菊地証人は「大きいビラに"

このような警官が法をも知らず何を仕出かすか解つたものではないのである。被告人は陳述において、このような警察官の不法な人権じうりんによつて市民が多大の被害を受けていることを具体的に述べたことを以て判決は「被告人は平素から徒に警察官を敵視する先入主に捉われ……」と述べている。法の定める人権について敏感であり、これを守らんとすることは当然のことであつて、これをもつてかかる判決は、判事らの陰謀的作為の何ものでもないと言いうる。

両証人の供述を見るに同一の位置から近々の処の同一物を観察するにかくも大きい相違があるものであるか。比較参照すれば大から小に至る迄驚くべき矛盾である。この矛盾を何と見るのであるか。正しくないから矛盾するのである。判決が述べている「かかる当夜の状況」とは正にかかる矛盾せる当夜であつたのである。

以上のように、判決が全く事実に基づかない創作であり、事実の前に如何に堪え得ないものであるか明らかである。検事の起訴及び検事側の二警官証人の両供述も、事件をデツチ上げて自己の暴行行為を正当化するため陰ぺいしようとしたが、被告人の主張する事実の前に完全にちりぢりにくづされて了ひかえつて被告人の主張の事実を立証する結果となつたのであつた。何故に、判決がこの事実をそのまま公正に認めることが出来なかつたのであるか。逆に同巡査らを優しい羊にし、被告人を猛しい暴行者に仕上げる苦しい芸当をなした。これでは裁判所は検察の手先にしか過ぎない。被告人は、このような不正な判決が現社会のフアシズムの傾向に拍車をかけるものとなり、社会市民の生活に与える影響は極めて多大であると考える。従つてこの判決は完全に法を無視した無効のものであると信ずる。

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